ヴァイナル(vinyl)

ヴァイナルとは
ヴァイナルは、塩化ビニル(PVC)を主材とする円盤レコードを指す呼び名である。店頭で「アナログ盤」「塩ビ盤」と呼ばれるものの正体は、この塩化ビニルを成形した盤にあたる。1940 年代末以降、塩化ビニルの盤がシェラックの 78 回転盤に代わって標準になり、現在まで続いている。正確には塩化ビニルと酢酸ビニルの共重合体で、「ヴァイナル」はその通称である。
盤に刻まれた渦巻き状の溝が音を蓄え、針がその溝の凹凸を物理的になぞって振動することで音が再生される。ここで音楽を主語に置き換えると、ヴァイナルで一曲を聴くとは、演奏の波形がそのまま刻まれた溝の起伏を、針が途切れなく連続してたどる行為になる。CD が音を一定間隔で数値に区切って光で読み取るのに対し、ヴァイナルは音の波を区切らず一本の溝として連続させたまま針へ返す。同じ曲でも、それがどの塩化ビニル盤に刻まれたかで、針がたどる溝の起伏は変わる。
シェラック盤との材質差
ヴァイナルの性質は、前身であるSP 盤(78 回転のシェラック盤)に照らすと分かりやすい。シェラックは硬く脆い剛体で、塩化ビニルの盤はしなる柔軟さを持ち、割れにくい。LP が登場した当時、塩化ビニル盤は割れやすいシェラック盤に対して「割れない盤」として迎えられた。手で軽く曲げてもしなって戻るのは、この素材の違いから来る。
材質差は溝の細かさにも効く。塩化ビニルは盤の安定を保ったまま、より細い溝を刻める。立体声用の細い溝(マイクログルーヴ)の塩化ビニル盤の溝はシェラック盤よりはるかに細く刻まれ、同じ面積に長い再生時間を収めた。柔軟で割れにくく、細かい溝を刻め、一般に表面ノイズも低い。これらは、硬く脆いシェラック盤にはなく、塩化ビニル盤が新たに備えた性質である。
ただし、素材と形式は一対一で対応しない。後期の粗溝盤の一部は塩化ビニルでプレスされており、材質だけで盤の形式を言い当てることはできない。塩化ビニルだから LP とは限らず、塩化ビニルだから音が良いとも限らない。
盤の見た目と手応え
ビニール盤は、シェラック盤のような硬さがなくわずかにしなる。斜めの光にかざすと、外周から中心へ向かう渦巻きの溝が一本の連続した線として見える。この溝の凹凸が、針を揺らして音になる。
重量盤やカラーヴァイナルも、いずれも素材は同じ塩化ビニルで、配合や厚みが違うだけである。盤の見た目や手応えからは、その盤がどんな音で鳴るかまでは読み取れない。素材が塩化ビニルであることは、音の出発点を示すにすぎない。
どう見るか
ヴァイナルという語が告げているのは素材であって、音質ではない。同じ塩化ビニルでも、音を決めるのはどの音源から刻むかというリマスターの選択であり、原盤(ラッカー)から最終の型(スタンパー)までのプレス工程である。だから「アナログだから高音質」という言い方は素材と工程を取り違えている。重量盤やカラーヴァイナルが音質を約束しないのも、重さや色が素材の側の違いにとどまるからである。
そこで、素材を確かめたら視線を工程へ移す。同じ曲がどの塩化ビニル盤として鳴るかは、版で変わる。盤を選ぶときは「アナログ」「塩ビ」という素材の確認で止めず、まず盤面外周の刻印(ランナウト)から版を読み、その盤がどのプレス工程を経て、どのリマスターから刻まれたかを追えばよい。素材は、音の良し悪しを決める版の話へ入っていくための入口である。